ドクター梶本のビジネスセンスが発揮されたもう一つの例は、老人介護の分野で、
病院や介護施設に、標準的にあるものだが、
ベッドの横、床に敷いてあるシート。
これは、ベッドから立ち上がったら、必ず足が乗る場所に敷いてあるのだが、
うちの祖母が入院したとき、私はそれを初めて見た。
なんという商品名かは知らないが、用途は知っている。
認知症があったり、一人で動くと転倒の恐れがある人を見張るためのものだ。
このシートの上に立つと、ナースセンターだの、ヘルパーさんの詰め所だのでランプが点灯する。
ただ、それだけのシンプルな機械なので、ベッドから起き上がって、トイレに行くのか、徘徊を始めるのかはそれだけでは分からない。
ドクター梶本はしばらく前に認知症だったお父さんを亡くしたそうだ。
原因は徘徊。実家とお隣の間くらいのところで亡くなっていたのに、数ヶ月間発見できなかったのだという。
そうなってみて心配なのは残された母親で、ドクターは慌てて見守り装置を探し始めたけれど、納得の行くスペックを持つ商品が見つけられなかった。というか、なかった。
なので、自社で開発することにした。
資金力も伝手もあるだけに実行力はすさまじい。
商品名「ライフリズムナビ」。
ベッドからお母さんが立ち上がる。ベッドの脇に敷いてあるシートを踏む。
従来品だったら、そこで終わりだった。
それが危険に繋がるのか、単にトイレに行くだけなのか分からない。
だからライフリズムナビは、24時間365日、ベッドサイドのシートだけでなく、他のあちこちにセットされたセンサーとも連動して、お母さんの行動データを逐一集め続ける。
例えば八月のある日、眠りが浅い日があった。
トイレに備え付けたセンサーは、その日はトイレの回数や量が少ないことを示している。
その日の室温は31度。
脱水症状を起こしかかっていることが分かり、家族は即座に対策できる。
ここで終わったら並みのビジネスセンス。
梶本先生は、この新しい製品をあちこちの建設会社がやっている介護老人ホームに導入させた。(売り込んだ)
何百人もの高齢者の一年365日、24時間に関するビッグデータが集まる。
今まで感覚的に「早寝早起きは健康に良い」とされてきたが、そのビッグデータが集まった何年か後には、早寝早起きが健康にどういう影響を与えるのか、その事実が分かるようになる。
早寝早起きが認知症にはどう働くか。糖尿病には。
寿命はどっちが長いか。
健康寿命と言う観点からはどうか。
アイデアは誰の身の回りにも沢山落ちている。
それをビジネスにするのには、すさまじく面倒くさい手順がいっぱいある。
ビジネスを生み出しても、それをもっと違う風に応用できないか、考える力があれば、ビジネスを大きく育てることができる。
ドクター梶本はスピーチの最初のほうにこんなことを言っていた。
自分は100頑張って100の成果を出すのが苦手だ。それができる人には叶わない。
それに飽きっぽくて、コツコツがんばったり、毎日同じことをやったりするのにどうしても耐えられない。
でも70の努力で80点取るのは得意だ。
そして喜怒哀楽に貪欲だ。
それは喜びとか楽だけを求めてるわけじゃなく、なにかを生み出すために苦難を乗り越えるといったことも喜べる。
話の中で、一度きりの人生、ドラマチックに自分で運命を切り拓いていくことに喜びを感じるという言葉が繰り返し出てきた。
正解が与えられるまで動かなかったり、動き出したら動き出したで、早急に果実を欲しがったり。
そういうのがトレンドとしてあるような気がする。
けれどビジネスの成果と言うのは、誰よりも勇気を出して一番最初に飛び込む人で、これと決めたフィールドで長期頑張っている人にしかあがってこないような実態があるような気がする。
それは私が年齢を重ねて、年寄り臭くなって来てそう思うのかもしれないけれど。
ともあれ、医療と言う一つの分野で信用を得るポジションを持ち、アイデアがわいたら直観に従ってリスクを取れるドクター梶本は、ビジネスの基本を抑えていることは間違いないように思った。
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