「お母さんをこちらで保護しています」
警察からかかってきた電話。
私は特急に飛び乗って、北九州の小倉駅に向かいました。
母は童女のような笑顔でニコニコしていました。
母は病院を出た後、当時小倉駅前にあった伊勢丹デパートに行ったようです。
そこで先日ここに書いたリストの「地誌的障害」を起こし、目の前にある、みんなが乗っているエスカレーターにどうしても乗れなくなったのです。
エスカレーターに乗れば家に帰れると分かっているのに、どうしてもエスカレーターに乗れない。
エレベーターもすぐそこにあったはずでしたが、それも認識できてなかった風でした。
駅の交番で母はおとなしく、ニコニコ笑って座っていました。
私の良く知っている人が、私が一度も見たことのない笑い方で笑っているんです。
分かりますか?
どれだけ怖かったか。
警察を出た後、お腹が空いた!と言う母を連れ、その交番の並びにあるカフェに入りました。
トイレに行くと言う母は、一瞬もとの母のようにも見えました。
妙に明るく、少し調子は狂っていましたが。
その晩は家に帰って寝ました。
けれどその晩母はおねしょをしたんです。
次の日、私は予定通り、母を大きな病院の神経内科(北九州市は政令指定都市ですが、神経内科は決して多くはありません)に連れて行きました。
(つづく)
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