歴史が好きだったのに地理になった

高校二年から、わたしの高校は、社会科や理科は選択授業だった。

社会科は、世界史、日本史、地理。

理科は物理、化学、生物

地学はなかった気がする。

わたしは理系の2というクラスで、理科は生物、化学。社会科は地理と決められていた。

子供の頃、「マスターキートン」という主人公が元SAS(うろ覚えだが、英国のエリート部隊)で、しかもオックスブリッジ(どっちか忘れた)で考古学の修士号を取ったというキャラ。

わたしは考古学に憧れがあり、その漫画が好きだった。

当然大学に行ったら歴史をやって…というところ。

しかしわたしは自分のオツムの程度を知っていたので、とても歴史学者にはなれやしないとわかってもいた。

いじけて進路は適当に選んだ(とにかく歴史への憧れから遠ざかった)

せめて趣味程度と思うところで、

高校時代、世界史、日本史を学べなかったのは痛手だったのだが、

結論を言うと、

地理を選択したのは、わたしの人生で三本指に入る僥倖だった。

ありがとう、地理。

人間はやっぱなんだかんだ、偏狭な歪んだ認知で生きている。

それを地理を学んで痛感した。

わたしは自分は地理なんか嫌いだ、嫌々仕方なく学ぶんだと思っていた。

けれど地理で分かったのは、

人間は

地形

気候

そんなもんに支配されてるってことだった。

当時のわたしには、完全に盲点だった。

歴史は、特に歴史物語は、人間の意思や愚かさ、欲望が歴史を作ると思わせてしまうところがある。

(浅い読み方しか出来ない子供に、そう思わせてしまうリスクがある)

全然違う。

そんなの一面でしかない。

ちゃんと理解すれば、ちゃんと分かる。歴史物語にも本当はちゃんと書かれている。見落としてるだけだ。

戦国時代は、実は小氷河期で寒かった。だから食料を巡り、人間の争いが熾烈になったから起こってんだ。そしてあんなに続いたんだ。

そんなことは、武田信玄の子供向けの伝記には書かれていない。

ところが、最近の漫画には、ちゃんとそう書いてある。すごい!

地理は偏った学び方でしか歴史を学んでこなかったわたしの脳みそに風穴をあけてくれた!

モヘンジョ=ダロは、都市開発のあまり森林を伐採しすぎた。

文明が滅びる原因に森林資源の乱獲があった!

ひとりの歴史上の人物のせいではない、歴史の動き方がある!

高校時代にそれを知ることができて良かった。

人間にはさまざまな欲望がある。

けれど、その背後には、聞けば「あー…」と思うような、何か【納得(同意)はできないけど理解はできる】理由がある。

あと、この【納得はできないけど理解はできる】という考え方は、母に教えてもらった。

不合理に見えるものにも、アトランダムとは違う合理的な説明付が出来るということを教えてくれた。

西岸海洋性気候や地中海気候、チリの常春気候、偏西風、

鉱山資源の分布

植生

扇状地、溶岩台地、フォッサマグナ

地理であれほど詳しく教えてもらわなかったら、わたしは歴史を違う目で見られなかった。

土地の形状や、名称へ興味惹かれることもなかったかもしれない。

そして…

隣の国であるというのは、「絶対的なこと」の一つだと学んだ。

避けようがないのだ。

家じゃないから引っ越せない。

人はその歴史上、何度も「隣の国」を滅亡させてきたが、近年やりおうせた例はない。

それなのに隣国同士争う。

特に日本のような島国。隣とくっついてるわけでもないのに、隣国と争うなんて、バカの極みだなと。

ドイツとフランスがロレーヌ地方を争ってたのとは事情が違う。

血で血を洗うほどの理由がない。

何だか、最後、説教くさいようなことも書いてしまうけど、

盲点があるというのに気づくと、

頭が涼しくなるという経験は、

一回しておくと一生の宝物と思います。

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